日常劇場

「どんてん」という語感がぴったりの重い空の下、ぼくは家に帰る。 乗っていた列車が最寄り駅まで行かないので途中駅で乗り継ぎをする。頭も体も重い。ホームのベンチに座り、このまま少し休んでいこうか。

次の列車に乗らないことを決めると、重かった体が少し軽くなった。

音楽を聴きながらさっき買った小説をめくる。視界のむこうでは列車が右へ左へ忙しい。 ふと隣を見ると、難しい顔をして数独を解くおじさんがいて、半分ぐらいは数字が埋まっているようだ。もうちょっと。がんばれ。

だが、右から来た緑色の列車がこのおじさんを連れて行ってしまった。舞台の転換は早い。

ばりばりと何かを咀嚼するする音が聴こえる。見ればお徳用いりこの袋を抱え、一心に食べ続けるお姉さんがいた。周囲を気にするふうでもない。駅のホームでお徳用いりこを食べることについてどう思っているのか。かなりのスピードなのでひょっとすると全部食べきってしまうかもしれない。好奇心が高まる。

一場の終わりを告げたのは左から来た赤とクリーム色の列車だった。いりこの香りを残して。

反対側のホームでは車掌さんたちが談笑している。いつもは引き締まった顔で仕事をする姿しか見ないので、なんだか得をした気分だ。でも次の転換で普段の顔に戻ってしまうんだろうな。

案の定―。

ドラムみたいに空気が震え、イヤホンから流れる音楽と列車の警笛がオクターブでハモった。いよいよクライマックスだ。

この場合のクライマックスとは何か。もちろんこの劇に出演することである。いや、正確には出演していたことにするのである。ぼくは舞台挨拶を済ませた俳優のような気分で、右から滑り込んで来た赤とクリーム色の列車に乗り込んだ。

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