客観的思考は、いま・ここ・わたしを排除する

ぼくはもともといろいろ考えてしまうタイプで、あれこれ考えて身動きが取れなくなってしまうことがたくさんありました。これまでたくさん思考の沼にハマってきた経験からつかんだ注意すべき客観的思考ワードと、いま・ここ・わたし的視点について。

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可能性、確率

「可能性」というのは、ざっくり簡単に言えば可能になる性質ということなので、方向としては未来を向いています。そしてその可能性がどうのこうのと言うとき、それはもう「いま」の話ではありません。それが可能になるのは未来の話です。たとえば明日死ぬ可能性がある、というのは明日の話でしかないのです。

確率についても同じです。30年以内に首都直下地震が起こる確率がX%だと言ったとき、地震が起こっているのは今現在ではありませんよね。

俯瞰

よく物事を俯瞰的に捉えろって言われます。時間的、空間的に全体を見渡して考えるというような意味ですが、この俯瞰というワードは「ここ」での思考を排除します。俯瞰と言ったときの視点はすでに自分を離れて空高く昇ってしまっているのですから。自分がいま地球上のある場所に存在していて、そこで五感をフルに活用して生きているという実感を薄くしてしまうのです。

他者視点

この言葉は、「わたし」を失わせます。他者がどう考えているかを考えるわけですから当然ですよね。お客様の視点でと言うと、お客様の望むことはなんでもやります!という滅私奉公型の思考パターンになってしまう場合が最近多い気がします。滅私奉公がほんとうにお客様のためかというのにはぼくは疑問ですが。

客観的思考とうまくつきあう

これらの言葉、よく客観的思考と言うときに出てきます。ぼくはこれらを悪いものだと言っているのではありません。地震に備えるのをやめろとか、客のことを考えるなというつもりはまったくないです。これらの言葉がないと思考は深まらないでしょうし、想像力も備わらないでしょう。

客観的思考は悪ではないのです。

ただ、客観的思考をする際のものの見方は、概して「いま・ここ・わたし」を排除する傾向にあるな、ということを記憶にとどめておくことが重要なのです。

誰しも重大な決断をするときがあるでしょう。そのときに客観的思考の様式や言葉に縛られて、可能性がどうの、あいつの意見がどうのと考えていると、今この場所のわたしの声を聴けない状態に陥りがちです。

ここで、あ、わたしはいま自分の声を聴けていないな、と気づけるようになると、少し気が楽になるかもしれません。

客観的思考にハマってしまったら、「いまわたしは客観的思考にとらわれている」という客観的思考をしよう

ちょっとややこしいですね。ようするに、わたしはいま客観的思考をし過ぎていてわたしがいまここでどうしたいかに注目できていないな、という認識をしましょう、ということです。

ぼくの経験上いろいろ考えてしまうタイプのひとは、すぐに考え過ぎないようにするのは難しいと思います。ですから考えてしまうことはとりあえず仕方がない。その考える内容を、いまわたしはどういう思考をしていて何にとらわれているか、という分析の方へ持っていくと、少し違う世界が見えてくるのです。

思考に縛られているときに楽になる方法はほんとうに大切です。縛られて身動きが取れなくなっていると、そのときは予測でしかなかった悪い「可能性」がほんとうに実現してしまったりするのです。

少しだけ自分本位に、いま・ここ・わたしを大切にする練習を。

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