メジャートライアドとメジャーセブンス、マイナートライアドとマイナーセブンスの違いの違い

しょっぱなからややこしいタイトルですが、音楽のコード理論の話です。ぼくは理論と名のつくものはわりとなんでも好物でして、音楽理論に首を突っ込まないわけがない。これからちょこちょこ音楽理論の話もまぜていく予定でいます。

さていきなりですが今回は、マイナートライアドとマイナーセブンスはまあ似たようなものだけど、メジャートライアドとメジャーセブンスはあまり似てないよね、という感覚の話です。ややこしいですが音源付きで説明しますのでご安心ください。

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きょう登場するコードたち

例としてルートがAのコードを使います。

A(ラ・ド#・ミ)

AM7(ラ・ド#・ミ・ソ#)

Am(ラ・ド・ミ)

Am7(ラ・ド・ミ・ソ)

コード理論のダイアトニックコードの説明では、3和音と4和音は重ねる音の数が違うだけで、基本は同じものとして扱っていいよーということが書いてあります。理論的には正しいのでしょうが、ここにちょっと違和感を持ちました。

AmとAm7

これを聴いてみてください。AmからAm7です。

響き、少し変わりますよね。表現はひとそれぞれですが、ぼくはかっちりとしたマイナーからすこしあやふやなマイナーに、輪郭があいまいになったような印象を持ちます。音数が増えたぶん、響きが広がったようにも聴こえます。いずれにせよ、マイナーであることには変わりありません。

AとAM7

対してこちらはどうでしょう?AからAM7。

響き、けっこう変わりませんか?響きというより印象が変わる感じかもしれない。何の屈託もない笑顔から、微妙に影のある笑顔といった変化を見せます。もはやメジャーセブンスになるとパーンと明るいメジャーコードとは言えないです。

マイナートライアドとマイナーセブンスの差に比べたら、メジャートライアドとメジャーセブンスの差はかなり大きい。ぼくはそう感じるのです。

メジャーコードとマイナーコードについての主観的イメージ

コード理論の勉強や作曲をいろいろやってみて、いま現在持っているコードに対するイメージを図示してみました。

chord

コード全体の集合に占めるメジャーコードの割合はすごく少ない。実数に対する有理数のように。ためしに目をつぶってピアノで3つ音を出してみると、たいていは不協和音やマイナーの響きで、メジャーの響きが得られることはほとんどないはずです。メジャーのトライアドは言ってみれば奇跡みたいなものだと思うんです。そしてメジャーのトライアドをメジャーセブンスにした瞬間、メジャーっぽさが少し減って、マイナーっぽさが少し増える。そんなイメージです。メジャーやマイナーってすごくあやふやな概念。どこからがメジャー、どこからがマイナーなんてのはない、と思うに至っています。

ちなみに、このメジャーセブンスの和音についてぼくの予備校時代の英語教師は「濁った和音」と表現していました。人間の感覚ってここまで違うものなのかと衝撃を受けた記憶があります。ぼくなら「哀愁漂う和音」「開放的な和音」あたりかな… でも「濁った和音」には絶対ならない。言葉の選び方には敏感な先生でしたから、自身の実感としてそう感じていたのでしょう。ぼくにとっての「濁った和音」は強いて挙げるとすればマイナーメジャーセブンスですね。こんなの。

AmM7(ラ・ド・ミ・ソ#)

これもコード全体をグラデーションでとらえれば、きれいな和音と言える場合もあります。すべては相対的。そのなかで自分がコードにどんな色をつけるか、どう聴くか、それがオリジナリティとなって表現されてくるとしたら…

だから音楽はやめられない。

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