アイディアがわーっと降ってくる瞬間。「アイディア流星群」を観察してみた

ときどきあるんです、こういうこと。文章や作曲やその他おもしろいことをどんどん思いつく時間がたまにやってきます。ブログのネタなんかは一気に10個とか出てきます。あとはそれを言語化するだけ。ぼくはその時間を「アイディア流星群」と呼んでいます。

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アイディアの生まれるところ

「アイディア流星群」と名付けたのは、本当に流星群のように空から降ってくる感覚があるからです。アイディアが湧く瞬間についての主観的イメージはだいたい「空から降ってくる」か「地面から沸き出す」かのどちらかが多いようです。あとは体の中からとか。アイディアが前や後ろ、はたまた横から突撃してくる、なんてイメージを持つひともいるんでしょうか。アイディアの生まれる場所についてはそれはそれで考えるとおもしろそうです。

とにかく、ぼくのアイディアは空から降ってくる。どんな感じで降ってくるかというと、単語やフレーズぽんぽん降ってくる。たとえば「うがい」とか「木の根っこのように」とか、本当にありふれた日常目にするもの。名詞だけとは限りません。どんなに単純な言葉でも、それが思いつきとして使えそう!という感覚があるんです。

新しいことを思いつく、それ自体が幸せなこと

流星群のときは、あれもいける!これもいける!と何でもかんでもできそうな感じがするのでとても充実した気持ちになるんです。判断を保留しているからそうなるのかもしれない。普段の思考では、判断しないように意識することはできても、無意識レベルで判断してしまっているのかもしれない。いいか悪いか、使えるか使えないかの判断を加えると、アイディアは色あせてしまいます。

将来そのアイディアを具体化する自分

こんな感じでアイディアは流星群のように、一度にたくさんかなりのスピードで降ってくるので、ひとつひとつをそのつど精緻化することはできません。メモを取るのが関の山です。それに、ひとつのアイディアを具体化しようとすると流星群は止んでしまう。こう、特定の何かには意識を集中させてはいないけれど、全体として集中している。言葉で言い表すのはほんとうに難しいですがこんな実感です。

メモを取ったアイディア。これを具体化するのは将来の自分ということになります。これがまた難しい。なんせ将来の自分は流星群のときのような、なんでもいける!という感覚は持っていないですから。将来の自分に向けてアイディアを説明しないといけない。ところが、ひとたびアイディアを説明し出すとひとつのものに集中することになって流星群は止まってしまう。うーん、ジレンマ。

ささやかな対策としてぼくはワードレベルのメモをとにかくたくさん書き残すことにしています。それについて考えるのはあと。たくさん書き出して、それが使えるかどうかの判断は将来の自分にゆだねる。「今」できることはそれしかありません。

単語・フレーズを耕しておこう

単語やフレーズのような、かなり短い言葉の状態でアイディアが降ってくる、というのは今回の新たな発見でした。単語レベルか… なんかのに役に立つかもしれないので、紙の辞書を家においておこうかと考えています。

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