表現は手段か目的か。自分のタイプを知っておこう

田舎暮らし漫画エッセイスト、ヒビノケイコさんのブログを最近よく読んでいます。昨日の記事でぼくが気になっていることが書いてありました。

ビジネスのために表現を使う人と、表現のためにビジネスを使う人の違い。

アカデミックとプラグマティックを同時に持つことで、表現は磨かれる面があるし、経済的にも生きていきやすい。ただ、「何のために自分がそれをするのか?」擦り切れてしまわないためには、自分の中心を忘れてはいけない。

「ビジネスのために表現を使う人」と「表現のためにビジネスを使う人」それは、同じように見えて全く違うということが、最近やっとわかった。表面的には同じ結果に至ったとしても、内的には発する根源もプロセスも目指すゴールも、まったく違うものなのだ。

ということは、表現において大切にしたいことも、そのための方法論も、マネタイズの仕方も、仕事形態も違ってくる。どちらがいいとか悪いとかいう問題は全くないしお互いに学びあえるところがある。だけど、双方の違いが認識されていないことによる弊害は大きいような気がしている。

「感性の育て方、知ってますか?」ビジネスのために表現を使う人と、表現のためにビジネスを使う人の違い – ヒビノケイコの日々。人生は自分でデザインする。

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表現は手段か目的か

うーん、なるほど。表現を手段とするか、目的とするかの違いということ。ぼくが思うに、100%手段、100%目的なんて白黒はっきりしたひとはいないです。そんなひとがいるなら会ってみたい。表現をして生きているひと、生活の糧を得ているひとはみんな手段と目的の間をさまよっている。ここにはひとそれぞれのバランス感覚があって、それが崩れてくるとうまくいかなくなるのでしょう。

ぼくもここ1ヶ月は毎日表現に関わることばかりやっていて、それはすごくたのしいんですが、たまにふっと「いまぼくは、書かされている?」「いまぼくは、作らされている?」と思う瞬間があります。

どんな表現もそうだと思うんですが、作っている最中って苦しいこと多いですよね。苦しいとまではいかないにせよ、全部が全部鼻歌まじりでできるわけじゃない。そんなときに完成へと自分を奮い立たせる動機を自身に問いかけてみると、あなたがどちら寄りのタイプかがわかってきます。

ぼくは作曲に関しては「自分の聴きたい曲が作りたい!」という動機が大半を占めています。でもブログに関しては若干ビジネス的な、つまり手段寄りの発想を持っています。ちなみに、文章を書くというくくりで考えると、自分の読みたい小説が書きたいとは常々思っていますが。

足場を固める

ヒビノさんも言ってますが、大切なのは自分が行っている表現活動について、どういうスタンスで臨んでいるかというのをはっきりさせておく、あるいははっきりさせようと意識すること。そして自分の立ち位置をわかった上で、あとはとことん表現すればいいのだ。なにをやっても正解なのだから。

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