ミニマリストってどうなの?ものを持たない=シンプル、ではないと思う

おとといのFNNニュースです。

最小限のモノで暮らす「ミニマリスト」の一家に密着しました。(フジテレビ系(FNN)) – Yahoo!ニュース

ミニマリスト。Wikipediaで調べようと思ったらまだ日本語の記事は存在しません。それぐらい新しい概念なのかな。ニュースによれば、

持ち物を極力減らして、最小限のものだけで暮らすという、新しいライフスタイルを指し示す言葉

とのこと。

ミニマリスト的な生活を送る家族が紹介されていて、なんと子どもの勉強机や車まで処分したそう。机なくて困らないのかな… とは思いますが、まあやっていけるだろうなとも思えます。

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ものが少ない=シンプル?

ぼくが気になったのはこの部分です。

案内してもらったのは、子ども部屋。
年ごろの子どもなのに、遊び道具は一切見当たらない。
寝転がって遊んでいるのは、スマートフォンのゲームだった。
一方、父親の部屋は、床にじかに置かれたパソコン以外、何もなかった。
夫・正明さんは「テレビを見なくても、別に、ネットで情報も得られますし」と話した。

ああやっぱりな、と思いました。ぼくも物を持たない生活がうらやましくなるときがありますけど、物をいくら捨てたところで、その捨てた物に関わっていた時間がヴァーチャルな体験に振り向けられるだけなのではと思ってしまうんです。本もギターもキーボードもない空間にスマホだけ転がってたら、そりゃあスマホ触りますよね。本やギターを楽しんでいた時間がスマホを触る時間に置き換わるだけなんです。

つまり、物が過剰に少ないと、持っている物にかける期待が大きくなりすぎてしまう。これって本当にシンプルライフと言えるのでしょうか。ものがあるときと同じぐらい、いやもしかするとそれ以上の執着を生んでしまう可能性もあるのでは。

モノの量よりモノと過ごした時間

適度に持つのがいいと今のところ思っています。もちろん自分が何を持っているのかわからなくなるほど持った方がいいとは言いません。現代人はなんとなくみんな物を持ち過ぎだなと感じることもありますけど、持たなさすぎるのもどうかな。

大災害などでいつ物を失うかわからない、という気持ちはわかります。でもぼくが思うに、ものが多かろうが少なかろうが、そのものたちと過ごす時間の総量は変わらない。だって1日は24時間しかないわけですから。たくさんの物に少しずつ時間を使うか、少しの物にたくさんの時間を使うか、どちらかなのではないでしょうか。

そう考えると、その物たちを失ったときの悲しみも同じぐらいなんじゃないかな、という気がしています。

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