自分が体験したいものは自分でつくるべき5つの理由。クリエイティブな生き方のために

こんな本が映画が見たい、こんな音楽が聴きたい、こんな本が読みたい… と誰しも一度ぐらいは強烈に思ったことがあるでしょう。そして血眼になって探す。ない。RPGゲームならここで選択肢が現れます。A.自分でつくる、B.他人につくらせる、C.あきらめる

さてどうしましょう。Bの他人につくらせる は現実的じゃないですね。「こんな映画見たいからつくってー」「あいよー」みたいなやり取りができるお友達を持つひとはこの世界にどれほどいるでしょう。仮にそういうお友達がいて、実際に映画をつくってもらったとしても、それが本当に自分の見たい映画になるとは思えません。よってBは却下。

Aを選ぶのがもっとも健康的ですよ、というお話です。

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1. あきらめるのは難しい

選択肢Cを取るとどうなるのか。ここで簡単に諦められるようならそこまで熱意がなかったということなんです。こうやって気づけたのは、それはそれでラッキー。違うことをしましょう。問題はどうしても諦めきれない、という場合。これは困った。精神的にも大変不健康です。悶々と過ごすぐらいならいっそ自分でつくってみましょう。ダメもとで。

2. 自分がみたいものは自分しか知らない

さっきも少し言いましたが、いくら自分のアイディアを緻密に言語化して、あるいはイメージ化して他人に伝えても100%伝わるなんてことはないのです。そしてその100%伝わらなかった情報をもとに、他人が表現する。これで自分の思いどおりのものが出来上がってきたとしたら奇跡です。その他人はもはや自分なんじゃないでしょうか。

3. 表現=生産は楽しい

自分が強烈に見たいと思う世界をつくっていくわけですから楽しくないはずがありません。その世界ではあなたが神です。

参考:クリエイティブな趣味を複数持つ、5つのメリット

4. スキルがないことは百も承知である

最近思うのは、表現にまつわるさまざまなスキルがありますけど、それよりもまず世界を持っていなくちゃいけないということ。もちろんスキルも大切ですけど。こんな世界を表現したい、という強い動機に支えられた行動がスキルを引っ張ってくるんです。

5. とはいえ理想の表現ができるかといえば

できないでしょう。ただ絶望するのはまだ早いです。

ぼくのこれまでの感触からすると、ある表現aをつくりたくてがんばっていると、それまで視界にすら入らなかったbやcやdといったものが見えるようになってくる。それは自分の世界観が練られて熟成したり、わずかながらも身についたスキルが教えてくれたりするんです。

そして、表現aだけでなくb、c、dもいいな、と思えるようになる。これはaを目指して努力する前の状態ではとても想像できないことだと思います。実際ぼくもそうでした。でも、aを目指して奮闘するうちに見えてくるものなんです。つまり、表現してみないとわからない。これは重要なポイントです。なにが起こるかわからないけど、とりあえずやってみること。

とくに見たくはなかったけど、たまたま見たらすごくよかった

ちなみに、偶然見たらとてもよかったという体験をくれるのが他人のつくったもののいいところだと思います。なんでもかんでも自分でつくれ、なんて言いませんしできません。こういうアイディアをあのひとが形にしたらどうなるんだろう、というタイプの好奇心を持てるときはそのひとにつくってもらうといいかもですね。

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