第六感を妄想する。五感の外には絶対に出られないけれど、それでも外の世界を想像してしまう人間

あなたはどんな第六感を持っていますか?え、持ってないんですか?うわー時代遅れですね!

というやり取りがなされる時代が来るのでしょうか。来たらおもしろい。ぼくが思うに第六感の獲得は、もし実現したとしても生物種全体レベルの話だと思うので、上のようなやり取りはないかもしれません。

第六感とは、五感を超越した物事の本質を捉える感覚のことで、霊感やインスピレーションと似たような意味です。

参考:第六感

ぼくがいまから妄想する第六感もこれと同じようなものですが、少しだけ具体的です。

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言葉をそのまま

言葉のやり取りには必ず視覚か聴覚、場合によっては触覚が用いられます。本を読めば目を通じて、話を聞けば耳を通じて、点字を読めば指を通じて言葉が入ってくるわけです。

ここでふと考えました。言葉を、そういった視覚や聴覚や触覚(や嗅覚や味覚)に頼らずに、感覚することはできないのかなと。そういう感覚器官、ほしいなと。

それってテレパシーなんじゃないの?という質問はごもっともです。でも残念でした。ぼくの考える第六感は一般的なテレパシーのイメージとは違うんです。

テレパシー

宇宙人がテレパシーで会話する様子をぼくらはどのようにイメージしているでしょう。宇宙人のタダシAとタダシBに登場してもらいましょう。(「侃」という漢字は人名に使われるとタダシと読むのです)

侃A 侃B <ワレワレハウチュウジンダ

はいどうも。それではタダシくん、テレパシーを使って交信してください。

侃A oO(オハヨウ) 侃B

侃A (オハヨウ)→ 侃B

侃A       侃B oO(オハヨウ)

まあだいたいこんな感じじゃないでしょうか。ポイントは、ぼくらが想像するテレパシーというのは、音声を発することなく遠くの相手に音声を届けるというイメージで語られることが多いのです。

これに対してぼくの考える第六感は音声を使用しません。音声どころか五感にかかわるすべてのものを使用しない。それはどのようなものか。

想像できない

想像することはできません。原理的に。これはぼくらの世界が五感によってつくられているため、五感の外の情報はキャッチできないようになっているんです。ぼくらがどんなにがんばってもキャッチできない感覚、それが第六感と言えるかもしれません。たとえるなら4次元空間を想像できないのと同じです。ぼくら自身が3次元であるため、原理的に4次元空間は認識できない。すこし寂しい気もするけど、そういうものなんです。

狐につままれたような感じですか?もしそう思う方がいれば、この記事を書いた意味が少しはあったようです。

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