成長こそ一番のコンテンツ。いまダメでもいいからブログで「成長の瞬間」を切り出そう

できなかったことができるようになる。成長物語ってみんな大好きです。テレビドラマや映画・小説にいたるまで、世界は成長物語で溢れています。

なぜか。

他人が成長していく姿を見るのって、おもしろくて勇気をくれるんです。単純に。

たとえば、という例を挙げるまでもなくそうですよね。最初はダメだった主人公が、たくさん悩み仲間の協力を得ながら最後は大きな達成をする。

別に「大きな達成」というのは、必ずしも社会的に評価されるものでなくてもいいんです。あの子に告白したけどダメだった、でもそこからステップアップして新しい恋愛をする。とかでも充分成長物語としておもしろい。

成長を見守ることのおもしろさ。現実の世界にもあてはまるということに、いまさらながら気づいたのです。

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超平凡な一個人の成長にもおもしろさがある

リアル成長物語を自分で発信したらどうか、と思ったんです。

実在する人物の成長物語、というとスポーツ選手などのとても有名なひとの例がすぐ思い浮かびます。あとは、起業家とかアーティストとかでしょうか。あるいは我が子の成長。

ぼくら凡人は、有名になるほどの達成を成し遂げることはできないかもしれません。じゃあ有名になるほどでなければ成長に意味はないのか。

そんなことはないですよね。たとえば青春小説なんかでは、社会的な成功を収めた話じゃないことが多いです。それよりも、日常の些細な出来事や恋愛を通しての成長が描かれる。

これは現実の世界にも通用するでしょう。名前も知らないひとが日常を頑張って生きて、社会から見れば小さなことかもしれないけれどひとつのことを成し遂げる。こんな話はぼくはすごく読んでみたい。

だからなんでもない平凡な一個人でも、自分の物語を書くことに意味がある気がするのです。

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現在進行形で書く

自分の成長を発信するうえでひとつキーになるのは、過去を振り返った書き方をしないということ。

自分の振り返りには必ず誇張や脚色が入るから。

毎日朝4時に起きて勉強した(実際は寝坊した日もけっこうあった)。これだ!という直感に従って志望校を決めた(実際はかなり迷いまくった)。などなどいろいろ考えられるでしょう。そして成功したあとに振り返って書く物語は「ずるい」。だってハッピーエンドが約束されているんですから。ある意味すでに安全地帯に入ったひとがさらさらと書き流してしまうのが振り返り物語なんです。

だから大事なのは、「成長しつつあるいま」をリアルタイムで発信することなんじゃないか。必ずしもハッピーエンドは約束されていないけれど、いまを精一杯生きている。その場で切り出したような人生の断面の蓄積がおもしろいんじゃないか。

いまダメだ、ということが将来の財産になる

瞬間を切り出すというイメージでとらえると、現時点においては必ずしもなにかを達成している必要はない。むしろいま達成していることは、成長物語という観点からするとコンテンツにならない。

つまりどういうことかというと、いまの状態がダメでもかまわないということなんです。もちろん努力しないでもいい、という意味ではありませんよ。ぼくが成長した暁に訪れる読者は、成長後の作品も、成長前の作品も両方見ることができます。そして「ああ、このひとは昔はダメだったけどいまはこんな風になっている」と成長を感じてくれるかもしれない。

このとき、ダメだったころの作品が生きてくるのです。

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ブログというツール

ここまでの流れでおわかりかと思いますが、こういう書き方ができるのはブログをおいてほかにありません。ぼくはブログを本格的にはじめてからもうすぐ2ヶ月になります。毎日書いてると、コンテンツとはなにか、自分の書きたいものはなにか、などについて否応なく考えさせられます。

「成長しつつあるいまを切り出す」というのは、これらの問いへの現時点での答えなんだと感じています。

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