『死ぬ瞬間—死とその過程について』を読む。ぼくが自分の死についてわかっていること、いないこと。

何年も前からずっと読みたいと思っていた本をやっと手に入れた。E・キューブラー・ロスの『死ぬ瞬間 死とその過程について』という本。思想や哲学系の本を読むようになったころから引用でちらほら見かけていたのだが、なかなかチャンスがつかめず「読みたい本リスト」の一番上に長いこと居座っていた。

今回はいつもよりかなり長い記事になったので、目次をつけることにする。

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簡単な紹介

E・キューブラー・ロスという精神科医が、まもなく死を迎えるであろう末期患者に対して(「対して」というより「共に」のほうが合うかもしれない)行った、死についてのインタビューをまとめた本。精神科医が書いたと聞くと、死に瀕した患者をどう扱うべきかという教科書的なものや、瀕死患者の心理を分析した研究書的なイメージを持つかもしれないが、この本はそうではない。

あくまで末期患者をひとりの人間として、死について学ぶための「教師」として見つめた記録である。

ロスは死に瀕した患者200人以上にインタビューして記録をとり、セミナーで学生と議論した。そして患者が死を告知されて以降、どのような段階を経るのかを次の5つのステップに分けた。

  • 第一段階/否認と孤立
  • 第二段階/怒り
  • 第三段階/取り引き
  • 第四段階/抑鬱
  • 第五段階/受容

この5段階のプロセスは、ほかの本でもよく見かける有名なものだ。本書ではそれぞれの段階について、実際のインタビューを示しながらきわめて具体的に論が進んでいく。

まだ全部読んでいない

実はぼくはまだ最初の100ページぐらいしか読んでいない(訳者あとがきまで含めると455ページある!)。読み終わっていないけれど、こうして何かを書こうとしている。つまり、それだけ伝えたいことがあるのだ。全部読み終わるのを待ってから書こうと思うと、きっと読み始めたころの印象は色あせてしまう。だから今書いておくことにした。

伝えたいことがある、と書いたけれど、自分でもそれがなんなのかはあまりよくわかっていない。ただ、たくさんのひとにこの本を読んでもらいたい、という思いだけは確かである。

本書を読んでいて出会った心を動かされる文章を紹介しつつ、やはり個人的・具体的に書くほかないと思う。

ぼくらは本当に死ぬのか

私たちは無意識のうちに「自分にかぎって死ぬことは絶対にありえない」という基本認識をもっているからだ。私たちの無意識は、自分の命が本当にこの世で終わるとは思っていない。自分の命が終わらなければならないとするなら、それはつねに他人による外部からの干渉のせいだ。簡単にいえば、私たちの無意識にとっては、死ぬのは殺されるときだけであり、自然現象や老齢のために死ぬなんて考えられないのだ。

この本の第1章「死の恐怖について」のはじめのほうに、こんな記述がある。うそだろう、と最初は思っていたが、読み進めるうちにだんだんとその意味がわかってきた。

事実レベルの話をすれば、「人間は必ず死ぬ」、「ぼくは人間だ」という2つの命題から「ぼくは必ず死ぬ」という結論が3段論法により導かれる。しかし、どうやらこの簡単な論理がぼくは理解できていないようである。

「人間は必ず死ぬ」はわかる。個としての人間は、死ぬ。種としての人類を生きながらえさせるために。「ぼくは人間だ」もわかる。ぼくはチンアナゴではない(かつて鏡像段階であったぼくに、ぼくの動きを真似するチンアナゴが映る鏡を見せたら、ぼくはチンアナゴとしての自我を確立したかもしれないが)。

「人間は必ず死ぬ」・「ぼくは人間だ」がわかっていながら「ぼくは必ず死ぬ」が理解できないとはどういうことなのだろうか。

「ぼくは必ず死ぬ」という結論をわかったつもりになっていた、ということに気づいたのだ。

たとえば、これはロスが行った最初のセミナーの様子である。

彼はあたたかく私を迎え、座るように勧めてくれた。明らかに、話したくてたまらない様子だった。私は、いまではなく明日、学生といっしょにうかがいたいと答えた。
(中略)
このような患者が「さあどうぞ、お座りください」と言ってくれたときには、明日ではもう遅すぎるのだということに、当時はまるで気づかなかった。翌日私たちが訪ねていくと、彼は枕に身体をもたせかけており、話をするには衰弱しすぎていた。そして、片手をわずかに上げるようなしぐさをすると、「来てくれてありがとう」とささやくように言った。その後一時間もしないうちに彼は亡くなり、私たちに話したいと思い、私たちのほうでもどうしても聞きたいと思っていたことを、ついに明かすことはなかった。

あるいは、告知について。

伝え方が簡潔であればあるほど、患者にとってはそれだけ受け入れやすくなる。そのときは「耳を貸す」ことができなくても、あとになって思い出す。患者たちによれば、混みあった廊下でなく、小部屋でそっと告知されたことがありがたかったそうだ。

こういう場面を読んでいて、ぼくはまだこの本に登場する患者とはかなり距離があるな、と感じた。つまり、身体レベルで全然理解できていないのだと。こんな状況をありありと想像して感動することはできるが、実際に死が目の前に迫った患者は、どういう想いで「来てくれてありがとう」と言い、小部屋での告知を聞いたのか。

この感覚は、当事者になってみないとわからないものなんだろう。外から文章や映像、もしくは実際に死に直面しているひとと対話することで、いくらでも感情移入はできる。でもそれはその場限りの、付け焼き刃の感情にすぎない。死の告知から現在に至るまで常に死と向き合いながら生きてきた患者のところへひょいと行き、患者の言葉を聞いたからといって、そのすべてがわかることは絶対にないのだ。

「ぼくは必ず死ぬ」が実はわかっていなかったことが、わかった。

否認

第一段階の否認と孤立の章では、死の否認はふつう一時的なものだと書いてある。「私のことではない。私がそんな病気になるはずがない」という事実の拒否は長く続かないのだ。それでも死ぬ直前まで否認を続けるひとも少しはいる。そんな否認を続けた患者の例である。

以前は口紅も頬紅も品よく控えめだったのに、だんだん化粧がどぎつくなり、ついにはピエロみたいになってしまった。
(中略)
ますます落ち込んでいく気持ちと、急速に衰えていく容姿を隠し通そうとしていたのだ。私たちが何か役に立てることはないかと尋ねたとき、彼女は「明日、来てください」と答えた。「一人にして」とか「もう放っておいて」と言わずに、明日はもうもはや自己防衛できなくなり、助けが必要になるかもしれないという可能性を残しておいたのだ。「もうやっていけそうもない」、最後にそう言い残して、一時間もたたないうちに亡くなった。

「もうやっていけそうもない」と言ったとき、彼女は否認をやめたようにぼくは感じた。病気の否認という緊張の糸が切れてしまった。そして1時間後に亡くなった。否認をやめたからといってすぐに病気の受容ができるわけではない。

否認と言うテンションを切った彼女は、死ぬまでの1時間の間、なにを考えていただろうか。あるいはもう意識もなかっただろうか。

末期肝臓病の28歳の女性も最初は病気を否認していたが、症状が進むにつれ部分的に受容していく。

ベッドに腰をかけて砂糖の小袋を指に挟みながらこう言ったことがあった。「このお砂糖で私は死ねるのね」。彼女は横に座っていた私の手を握り、「あなたはこんなに温かい手をしているのね。私がだんだん冷たくなっていくときにはいっしょにいてね」といった。そして何かがわかったように微笑んだ。彼女も私も、この瞬間に彼女が否認をやめたことがわかった。それから彼女は自分自身の死について考えたり話したりできるようになり、少しでいいからいっしょにいて慰めてほしい、そしてあまり空腹感を感じないで死を迎えられたらいいのにと言った。私たちはそれ以上言葉を交わさず、ただ黙ってしばらく座っていた。

看取り

いま挙げた末期肝臓病患者のインタビューにふれて、医者が患者を看取るということについて考えた。

病気の患者が「お世話になっているあの先生に看取ってほしい」と言う場面をテレビや新聞などで見かける。フィクション、ノンフィクション問わず。その患者に家族がいない場合は別だが、家族がいる場合にも医者に看取ってほしいと言うのはなぜなのか、ずっと不思議に思っていた。ともに過ごした時間の長い家族に看取ってほしいと思わないのだろうかと。

この肝臓病患者の言葉を聞いて、死にゆくひとにとっては、ともに過ごした時間が長いのは家族より医者のほうなのかもしれないと思った。これは、1日中病院にいるから医者と長く接しているが、家族は見舞いに来たときだけしか触れ合わないから、という単純な理由だけでなく。

死の告知をされた患者は、それまでのそのひとの人生(日常と言ってもいいかもしれない)から決別することになる。人生において一番重大なことは死であるという状態を生きることになる。

ぼくはここに、そのひとが別人になってしまうほどの転換があると思う。もはや地続きの人生ではないような転換。それほどの転換をするから、死への否認から受容まで、そのときに応じたさまざまな反応を示すのだ。告知前と同じ人生であるはずがない。死というファクターが加わった新たな人生は、精神的にはかなりの急展開を見せるのではないかと想像する。

病気の告知後、それまでとはまったく別の新しい人生が立ち上がったと考えると、その人生の最初の段階から一緒にいて、ともに闘っているパートナーは、信頼できる医者ではないだろうか。もちろん家族だって支えてくれるだろう。しかし、病気や死へと立ち向かう(否認の段階も含めて)、具体的なアクションをとるのは、どうしたって患者と医者である。

こう考えると「先生に看取ってほしい」というのは普通の感覚だと思えてくる。死の告知を受けてからの人生において、もっとも信頼し、そしてまた助けてくれた先生に看取ってもらうことは、幸せのひとつの形なのかもしれない。

わかる部分

「ぼくは必ず死ぬ」がわからないと書いたが、すごくわかる部分もある。100ページ前後までの中でもっとも共感した箇所を挙げる。

悪性腫瘍の30歳の女性の話である。この患者はまだ事実が受容できておらず、自分は良性リンパ腫だと言ったり、自分の病気は悪性なのか良性なのかインタビュー中にロスに聞くものの、答えを待たずに子どもがどうしても欲しいという話をはじめたりしていた。事実を突きつけられるのが怖いのだ。

そんな女性も自分は悪性腫瘍であると確信する日が来る。悪性腫瘍の治療でよく行われる放射線治療を受けにいくときだった。放射線治療は不妊の可能性を高める。

自分が悪性腫瘍であることを信じてしまい、永久に子どもが産めなくなる可能性のある放射線治療の第1回目が終わったあとのインタビューである。

子どもの話と悪性腫瘍の話の間を行ったり来たりしていた。ますます涙もろくなって、うわべの陽気さも見られなくなった。押すだけで不安を取り去り、胸の重荷から自由にしてくれる「魔法のボタン」が欲しいと言った。

魔法のボタン

ぼくもこのボタンを切望していた時期があった。記憶が定かでないが、もしかすると「魔法のボタン」という単語も同じものを思い浮かべていたかもしれない。

大学3年、4年のころ、大学生活や就職への不安で半分鬱病みたいな状態になった時期があった。1週間ぐらいずっと寝ていたこともあった。そんなときによく思い浮かべていたのがこの「魔法のボタン」である。

「生きている意味がない」「就職したくない」「何もかも虚しい」をぐるぐるめぐっていたのだが、当然だがこんなのはいくら考えても抜け出せない。とにかく楽になりたい、あるいはずっと眠っていたい、目覚めていたくない、と思っていた。

この時期に哲学・思想系の本を中心にたくさん本を読んだ。昼なのか夜なのかわからないふとんの中で読んだ。そのときに読んだ本が『死ぬ瞬間』を紹介してくれることになる。

「魔法のボタン」はぼくにとって、明らかに死の練習だった。このことは悪性腫瘍の30歳の女性が教えてくれた。死に直面すると「魔法のボタン」がほしくなるかもしれないということを教えてくれたのだ。

ぼくらは死ぬ瞬間まで生きていて、死んだらもうなにもない。死について100%わかることは絶対にない。でも、まったくわからないかといえばそうでもないと思うのだ。「魔法のボタン」によって、少しだけ死に近づけた気がする。

続き

たった100ページ程度(段階でいうと第一段階まで)読んだだけでも考えることがたくさんあるすごい本だ。なにより文章がきれい。中公文庫の装丁も美しい。

患者とのインタビュー部分だけでもぜひ読んでみてほしい一冊である。

続きを読んだらまた書くかもしれない。

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