時間芸術としての音楽。解釈の絶え間ない変更を愉しむ

音楽が時間芸術なら、時間を上手に愉しみたいと思う。

今回は、時間芸術ならではといった音楽の聴き方を書いてみます。少し思弁的な方法かもしれませんが…

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たとえばこういうこと

ぼくの好きな曲のひとつに jaja の「曇りのち晴れ」というのがあります。音楽を能動的に聴くおもしろさを知りつつあるぼくは、この曲のどのあたりが曇りのち晴れなんだろう、どこで曇りから晴れに変化するんだろう、と思って聴いてみたことがあります。

まずイントロは曇りで間違いない。テンション多めのコードを弾くピアノがいかにもアンニュイな曇天といった感じだ。ところがAメロでアルトサックスの伸びのある音色が加わると、すでに天気は晴れ模様。こんなに早く晴れてしまっていいのだろうか…などといらぬ心配をするのですが、サビに入るとAメロの晴れは思い込みだったことがわかる。などなど。

ここでのポイントは、絶え間ない過去の解釈の変更が起こっているということ。こんな聴き方は時間芸術ならではと言えるでしょう。この解釈の変更を味わってしまうのです。

二度として同じ体験はない

音楽は「繰り返し」を多用します。繰り返しのない音楽はないといってもいいのではないでしょうか。一定のリズムを刻むということがすでに限りない繰り返しなのです。

もっと大きな単位の繰り返しもたくさん出てきます。ソナタ形式、ロンド形式といったクラシック音楽の形式が多岐に渡るのは、ひとびとが音楽の繰り返しについて昔から考え続けてきた証拠。

そしてこれがいちばん重要なのですが、まったく同じ繰り返しは不可能だということ。

たとえ同じ楽器、同じ編成、同じテンポ、果ては同じノイズで繰り返されたフレーズがあったとしても、その繰り返し、つまり2回目は2回目であるというただそれだけの理由によって、1回目とはまったく違うものになってしまう。

たとえばこんな状況を想像してみてください。

夏の暑い日、喉の渇きに苦しみながらたどり着いた自動販売機で買ったコーラの味と、その5分後にもう1本買ったコーラの味。

死ぬ間際、駆けつけてきた喧嘩中の息子に対して父親が言った「もういいんだ」と、その5秒後にもう一度呟かれた「もういいんだ」。

繰り返しというのはこうも豊かなものなのです。音楽の繰り返しについても同じことが起こっていると思います。普段のリスニングでは繰り返しが出てきても「あ〜繰り返しだ」程度の認識かもしれません。しかし本当は数あるうちのひとつではなく、唯一無二のフレーズのはず。

解釈の変更を愉しむ

先ほどの「曇りのち晴れ」では、サビが3回繰り返されますが、最後のほうになると「こんなに美しい旋律が3回も出てきてるんだからいい加減晴れてもいいんじゃないか」なんて思うようになります。

聴いていたときは「今は晴れ」だと思っていた部分が、聴き進んでいくうちに解釈がどんどん変更されて、「あのときは曇りだった」に変化していく。

こんなダイナミックな味わい方ができるのも、音楽が時間を相手にするアートだから。こういう愉しみ方を知っておくと、聴きなれた音楽が少し違って聴こえる瞬間が訪れるかもしれません。

「曇りのち晴れ」を真剣に聴いてみた。

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